すごい地震でした。
直近で予約をいただいている生徒さんとはほぼ連絡も取れて、
ひとまず安心しております。
私の実家は仙台で、地震直後に家族からメールが1つあっただけで、
その後は音信不通になってしまって心配しておりましたが、おととい
連絡が取れて、今は家に戻ってきているとのことでした。
幸いにも家もまったく損傷はなく、倒れたものもありませんでした。
でも、ピアノが50cmずれていたそうです(!)
ピアノが動くくらいの揺れで、なぜ全く家具が倒れなかったのかというと、
宮城県は、30年前に宮城県沖地震があり、大きな地震が数年中に来る、という
と言われていました。なので、家では食器棚の扉はひもでぐるぐる巻いてあり、
大きな家具はすべて倒れないように地震対策をしてあったからです。
また、水についても、お風呂にいつも水をためていたおかげで(もちろん
地震対策です)トイレの水に困ることはなかったそうです。
やっぱりこういうのは「日ごろから」準備しておくべきなんだな、と思いました。
地震などは、ある程度時が経つと対策も忘れてしまいますよね。
でも忘れたころにやってくるのが災害なんですね。
母親が言うには、たんすや食器棚の下に新聞紙や広告などを折って挟んで入れ、
後ろに少し倒れるようにしておくなど、小さなことが、大きな違いになると
言っていました。
また、今回の地震で何人かのアメリカ人の友人からメッセージをもらい、
口々に「日本人はこんな状況でも冷静に対処していてすばらしい」と
日本人の忍耐強さをほめていました。
私も改めて日本人の良さを認識させられました。
地震後、父親が水をもらいに給水所へ行ったところ、2リットルしか
もらえなかったそうです。3人分で2リットルとは。。。
「大丈夫だったの?」と聞いたら、なんと 近くの断水していない家の
主人が、水道をみんなに開放してあげていたそうです。
「どうぞご自由にお使いください」という看板を家の外に置き、
そこへは水を求めてたくさんの人が並んでいたとのことで、そこで
水をもらうことができたと言ってました。
こういうのは、他の国では見られないのではないかと思います。
その家には、その分水道代もかかるわけですし、大変ですよね。
でも、こういう助け合いがあれば、これからも大丈夫なんじゃないかと思えます。
また、妹は地震直後は仙台駅近くにいて、帰る手段がなくなってしまったのですが、
なんとヒッチハイクで帰ってきたそうです ^^;
でもこれってとても有効な手段ですよね。
車1台に一人しか乗っていなかったらもったいないです。
こういうのって、やっぱりコミュニケーションなのですよね。
他人に話しかけるのって勇気が要りますが、それによって結果が
ずいぶん違ってくると思います。
というわけで、最近 わりと積極的に人に話しかけるようにしています。
意外と楽しいですよ^^